新東京周辺鉄道車両速報ブログ

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Y3535【JR武蔵野線】千ケヨM32編成が廃車

2019年3月29日、武蔵野線向け205系5000番台の千ケヨM32編成が、廃車・海外譲渡のため、所属している京葉車両センター(新習志野駅)から総合車両製作所新津事業所(新津駅)まで配給された。牽引はEF81-141。

今回廃車されたのは以下の8両

1号車 クハ205-14 1985年9月5日新製(川重)
2号車 モハ205-5063 1988年3月22日新製(東急)
3号車 モハ204-5063 1988年3月22日新製(東急)
4号車 サハ205-156 1989年8月22日新製(川重)
5号車 サハ205-157 1989年8月22日新製(川重)
6号車 モハ205-5064 1991年10月8日新製(川重)
7号車 モハ204-5064 1991年9月27日新製(川重)
8号車 クハ204-14 1985年9月5日新製(川重)

補足情報

武蔵野線向け205系0・5000番台の撤退は、予定全42編成中13編成目。

今回廃車となった千ケヨM32編成は特殊な経歴を持つ編成である。基本は寄せ集めタイプの編成に近いものの、2・3号車が山手線出身の車両で、6・7号車が武蔵野線生え抜きの車両と言う組み合わせは、36編成が組成された205系5000番台で唯一であった。

元々、武蔵野線生え抜きの車両は5000番台に改造する計画ではなかったが、2004年10月16日ダイヤ改正で埼京・川越線(川越車両センター)に205系電車を追加で配置する必要が生じたため、武蔵野線へ転用される予定であった東トウ54編成のうち10両を、宮ハエ32編成として転用することになった。これに伴って、武蔵野線では必然的に10両が不足することになったため、代わりに別の車両を配置することになったが、最終的に用意できたのは制御車(先頭車)2両と電動車4両、付随車4両であった。電動車がどうしても2両不足する結果となったため、2001年から2005年の大転配で唯一余剰車が発生する予定となっていた付随車を活用し、当初は改造予定の無かった生え抜き編成の千ケヨM61編成(205系0番台。元・八トタE1編成。6M2T)を5000番台に改造して中間の電動車を付随車と差し替え、捻出された電動車が千ケヨM32編成の6・7号車に組み込んだのである。この時、千ケヨM32編成に組み込まれることになるモハ205/204-5064の種車には、当初はモハ205/204-393を予定していたが、旧・モハ204-393はMG(電動発電機)非搭載車であり、新規搭載するMGの整備が間に合わなかったため、急遽モハ204-5069へ改造予定だったモハ204-392(MG搭載車)と差し替えた。この結果、モハ205-5064の種車モハ205-393、モハ204-5064の種車モハ204-392となり、205系電車で初めてユニット相手が変更されることになった。

他の6両は他の寄せ集め編成と差異はない。1号車のクハ205-14号と、8号車のクハ204-14号は、山手線の東トウ14編成から転用された。2・3号車のモハ205/204-5063号は、千ケヨM30編成組成に当たって編成から外された、山手線の東トウ53編成だったモハ205/204-159号から改造された。この車両はMG(電動発電機)搭載車である。4・5号車のサハ205-156号・157号は、埼京・川越線の宮ハエ6編成から転用された。この編成は2005年8月30日に改造されてから、武蔵野線では約13年7ヶ月間使用された。

この編成は2019年3月26日の8340E(東京発 各駅停車 西船橋行、臨時列車)が最後の営業運転となった。この列車は京葉線内だけの運用であり、武蔵野線内で営業運転を行ったのは、同日の1941E(府中本町発 各駅停車 新習志野行)が最後だった。

今後は、インドネシアのPT.Kereta Commuter Indonesiaへ譲渡される。武蔵野線からは97~104両目となり、JR東日本205系電車としては通算573~580両目(埼京・川越線180両、横浜線176両、南武線120両、武蔵野線104両)となる。8号車車両のクハ204-14号については、元宮ハエ4編成の3号車だったサハ204-14号(埼京・川越線)と番号重複が発生する。これは、インドネシアでは、クハ、モハ、サハといった日本語表記を除去するためである。

武蔵野線向け205系0・5000番台のインドネシア譲渡に当たっては、京葉車両センターで前面行先表示機と編成番号札を模した特別装飾を施している。今回は、この編成がLED式の表示機を搭載した編成(千ケヨM28編成~千ケヨM36編成)であることからLED表示をイメージした紙が掲出され、種別は快速、行先表示はジャカルタ(Jakarta)と表示された。編成札は、武蔵野線205系電車の通常の編成札を模したものだった。

【廃車車両の車歴】
1・8号車:品川→山手(1985-11-01)→東京(2004-06-01)→京葉(2005-08-30)
2・3号車:山手→東京(2004-06-01)→京葉(2005-08-30)
4・5号車:川越→京葉(2005-08-30)
6・7号車:豊田→京葉(2004-03-12)

追記

この記事はYahoo!ブログから移行したものです(作業日:2019/09/04、作業コード:5-3540-0000-9121-5)

今後の掲載予定

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